肥前杜氏の手造り純米酒 |
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酒仙境

目 次
NO、34 点描・日本酒の風景=その3= 枚方 喜苦人業
NO、33 点描・日本酒の風景=その2= 枚方 喜苦人業
NO、32 点描・日本酒の風景=その1= 枚方 喜苦人業
NO、31 酒の友、次さん 渡辺敏夫
NO、30 目立たないお酒の由来! 燗ちゃん
NO、29 日本という国の光ある道つくり 東京都新宿区四谷『酒徒庵』店主
NO、28 ひやおろし とみー
NO、27 浪漫かほるニッポンの酒 松木津々二
NO、26 日本人に生まれて ササ
NO、25 人生における酒の魅力 ヨシキック
NO、24 日本酒と刀の共通点 直居戦太郎
NO、23 お酒と魂 悠々と
NO、22 宵の月夜の 悠々と
NO、21 日本酒をつなぐリンク こやなぎ名人
NO、20 日本酒の甘さ、辛さ 碧龍
NO、19 酒の詩歌句サイトと酒本ライブラリー 淀風庵
NO、18 お酒は人の心を開く妙薬 レオ
NO、17 だだみの思い出 こやなぎ名人
NO、16 地酒を求めてぶらり旅 風車
NO、15 我がGINJOとの出会い 松木津々二
NO、14 主食と味覚と遺伝子の結果論 池田芳輝
NO、13 再会・未来へ 酒仙婆
NO、12 薔薇色の酒 井上休甫
NO、11 呉市・千福/蒲刈島・西條鶴/岡山・酒一筋 向川 敏
NO、10 とっておきの場所 松尾守蔵
NO、 9 私の好きな酒 大嶋仁(比較文学者)
NO、 8 平成吟醸会の思い出 淀風庵
NO、 7 山の貧乏仙人の手紙 草舎人
NO、 6 酒とうつわ からつ焼 炎群・碇 宏八郎
NO、 5 君の瞳に乾杯! 碇 宏八郎
NO、 4 米雑感 碇 宏八郎
NO、 3 ああ愛しき日本酒よ 川崎 あつみ
NO、 2 こどもの夢はわたしの夢 井上 休甫
NO、 1 松 蔭 中島 美雪
NO、34 点描・日本酒の風景=その3= 枚方 喜苦人業
(ヘ)世界の酒、日本酒!
数年前の夏、インドネシアのB島に遊んだ。会員制のクラブに滞在して3日目、夕食のテーブルに外国人客らと同席した。無料のビー ルとワインを多飲する日が続き、日本酒が恋しくなっていた。
近くの日本人紳士にその旨話すと「同感です、実は日本酒を持って来ています。部屋から取って来るのでここで飲みましょう」となったのである。持参された1升瓶(灘H)を開け、ワイングラスで乾杯すると同席の連中が注目した。「ジャパニーズ ワイン」と言う。?? 「イッツ ベリー テイスティ。ドンチュー トライ?」(美味いですよ、試しますか)
氏が数個の新しいグラスに注ぎ、皆に配った。オーストラリアの2人連れの若者、オランダ人の夫婦、ハネムーン中の韓国人カプル等である。
「乾杯!」の音頭で各自が口に運んだ。期せずして全員が笑顔で拍手。心底喜んでいた。中にはお代わりする者も。日本酒が外国人にも好かれ、世界で通用することが垣間見えた次第。
(ト)「♪もういくつ寝ると・・」
日本人にとって1年で一番嬉しい日は元日だろう。幼少時は雑煮、お年玉、カルタ遊びなどが待ち遠しく、童謡のごとく指折り数えて待ったものだが、還暦を過ぎる頃から元日は堂々と朝寝朝酒、朝湯を楽しむことに決めている。庄助並に。
選りすぐった山海の珍味からなる多彩な節料理を肴に日本酒を酌む。日本酒がこれ程映えるお膳立ては無い。正に至福の時である。
平成24年も1週間後に迫った。今回も「元日は 小原庄助 真似て明け」ることは間違いない。(了)
NO、33 点描・日本酒の風景=その2= 枚方 喜苦人業
NO、32 点描・日本酒の風景=その2= 枚方 喜苦人業
NO.31 「酒の友、次さん」 渡辺敏夫

かれこれ14、5年前になるだろうか、次さんに初めてお会いしたのは、家内の実家がある
僧侶の読経も済み、緊張感も解れて、一瞬座も寛いだ気分になる。さっと一升瓶が次さんの前に置かれ、次さんの顔が恵比須顔に。
「次さん」は「やどるさん」と読む。旧くからの知り合いの皆さん、「やどさん」、「やどさん」と親しげに呼んでいる。最初、「やどさん」と聞いて、てっきり宿六の宿と勘違いしてしまう。
こちらも嫌いではない酒、初対面ながら、一緒に飲み始め、一升瓶を二人で空けてしまう。

次さんは、若かりし頃、素人相撲をやられ、新潟県を代
表して国体にも出ておられる。
それだけにがっちりした体格の持ち主。その割に、何とも言えぬ柔和な笑顔。これが魅力で、しかも力仕事を喜んで引き受けてくれるので、皆さんの評判は良い。
当時はまだ旧国鉄にお勤めで、電力関連の業務をされていたが、その後定年退職。桐生に土地を買い求め、家を建て、沼田から住まいを移し、近くの農家から休耕畑を借り受けて、農作業に精を出される。新たな人生を送られている。

同じころ、私も高崎郊外の山村に小屋を建て、時間を作って、月に1度程度出かけるように。ここ数年は出かける前に、次さんに電話を入れておくと、滞在中に必ず1泊か2泊の予定で桐生から車を飛ばしてやって来られる。
いつも必ず一升瓶はもちろん、朝採りの新鮮な野菜を山ほど抱えて顔を見せる。大変有難い事である。
孟宗竹を水上の知人の所から取り寄せ、藤棚を作ってもらったこともある。蒟蒻芋を持参され、一緒に蒟蒻作りに挑戦したことも。
NO.30 目立たないお酒の由来! 燗ちゃん
この街の商店街にも酒屋さんが3軒あった。周りにも立派な酒屋さんたちがあった。大きなスーパーが廻りに10件ぐらいできた。車で行けばすぐだもんな!コンビニなんてあっちこっちにあるし、デイスカウントだらけだし、世の中は酒屋さんだけでなく、商店街にも想定外の事が起こったもんだ。
商店街の中と言ったら、チェーン店が色々できたし、整体のようなお仕事が増えたし、安心して自分のうちの商売を継ぐ人がいなくて、やめて行く人が多くなった。競争が激し過ぎる世の中だ。
何でこんなに競争が世の中全体を覆い尽くしちゃったのかしら?自分たちの首を絞める結果にいつしか回って来る。今は買ったつもりで喜んでいる人も、いつの日にか若い頭の良い体力のある人に変わって繰り返して行く。
長閑さは日本から消えていく。荒廃した殺伐な風景が心の底から動き始めている。日本と言う気候風土からまるでかけ離れた精神が日本人の心に襲いかかっている。よその国の心が日本人の心にとりついて日本人を非常に困らせている。その事に気付いていないで毎日が過ぎていく。とてもついて行かれなくなってしまった人達が順番に命を誰にも語れずに消えていく。凄い悲しみが世の中を覆っている。
これは心の問題だぜ!心が変われば四方八方を広大な海に囲まれて緑豊かな山々が青い空に向かって太陽に愛され、とっても美しい川や湖に包まれて豊かな大地からは、世界に羨ましく思われる農作物と文化は生れて来た。その心が一人一人の心から枯渇している。先ずはその事を一人一人の心の中に取り戻すこと、気がつく事、灯を点火する心の働きが重大です。
心の奥底に誰でもセットされている無邪気な子供のような人懐こい日向のような優しい日本の心をふとおもいださなければ!五感を自分にぴったし合わそう!遠い昔、この国に生れた人は知っている。天に目に見えない存在に酒を捧げたことから始まった。原点の儀式を思い出そう。
感謝のしるしとして、この広大な海に囲まれて安心できた人類が求め辿り着いた平和の楽園の地!すべての感謝のしるしとして清酒の原型が生まれた。無垢の酒のこころを思い出して徳利とお猪口でしみじみと飲めば思い出すはずだ。
日本人が最も愛した九つの桜の中の桜である山桜のように、真っ白な雪のように、白い全てのものに合わせる力を秘めて、神に捧げた風土の食べ物を引き立たせて頂く酒!すべてをよりよく生かす日本の神の飲み物!美味しい酸が全てをまじりあわせて身体の中に消えていく。
陽が東の空に金色に昇って行く。たわわに実る田んぼのお米は黄金に光る。真っ赤な太陽は西に沈んで行く。いい国だね!本当!あんまり壊さないでね!日本の自然を!
日本の自然が壊れる時は私たちの心が壊れる時なのよ!
流行が幅を利かせる時はろくな状況ではありません?本来を思い出しましょう!流行はあくまでも主役にはなれないの!ろくな時代ではない!あるべき日本は国酒をしっかりすることからも始まるのだ!一人一人の文化を継承する人達が人にその事を伝える時です。がんばってちょうだいよーーーー!
「あなたの国はなにがありますか?」と海外の方に聞かれて、何も答えられない日本人達がいる。
この国に生まれ見てきたもの、触れたものを常に感謝せずに当たり前の物とし、海外の文化や物品に崇拝心を置き、自分という一人間の感覚や価値を堂々と発言できない日本人が本当に多い。
私は今、国酒である日本酒を提供する飲食店を経営しているが、日々の営業の中でも、そんな日本人の悪いクセを何回も見ている。
「酒は純米だけが本物」、「有名で高いお酒が旨いに決まってる」、「辛口の酒をくれ!美味しい酒は辛口で、不味い酒が甘口なんだ」・・・、一体どれだけの偏見を持った方々を見てきただろう。
私から言わせれば非常に勿体無い気がする。
今から十数年前、私は色恋を主とする夜の仕事をしていた。
店では一本30万円するようなワインやブランデー、ウィスキーが飛ぶように売れていくそんな世界だ。
仕事が終わると自然とそんな空気感とは違う居場所を求めている。
正直このままでいいのか自分の仕事に疑問を抱いていた。
そんな折り小さな小料理屋に晩飯を食べようと入ったのが人生の転機だった。
そこで私は生まれて初めて『日本酒』を呑んだのだ。
私は鹿児島県の出身なので酒といったら焼酎という環境で育ったので、この初めて呑む日本酒というものに非常に感心した。
お米を原料とするお酒。
また幸せなことに、この小料理屋には色んな味わいのタイプの日本酒が20銘柄くらいあった。
私は興奮というより感動でそのお酒達を全部呑んでみた。
同じ米の酒でもこんなに味わいが違うものなのか!?
そこから私はあちこちの居酒屋に行き日本酒を呑み漁った。
本屋に行けば日本酒の本を買い漁り必死で読んだ。
生まれて初めて勉強の楽しさを知った。
ワインやウィスキーに囲まれて足下にある大事なこの国のお酒をなんでみんなあまり買わないのだ?呑まないのだ?
私はそこで日本人の偏見の多さに触れた。
よし、自分はこの日本酒達をたくさんの人々に飲んでもらう・・・そんな仕事をしよう!
そう決意し居酒屋業界に飛び込んだ。
時代は焼酎ブームになり、日本酒をメインとする店造りをやろうとしている私の事を周りの同業者達は嘲笑っていた。
それでも必ず日本酒の旨さに目覚めてくれる人が一人でも増えればいい・・・そんな願いを込めてがむしゃらに働いた。
時がたつに連れ日本酒のファン、私のファンというものが増えてきた。
そこから一気に人の繋がり、酒の縁が増え色んな日本酒に携わる素敵な同士達に巡り逢えた。
私は独立を決意した。
もっと日本酒をのんでもらいたい。
その願いだけを武器に、日本酒を広める為にはまずは都会・・・東京のど真ん中から配信しなければそう思い、四ッ谷に店をオープンした。
お酒は偏見や偏りを防ぎ真に自分の好みを見つけられるよう、大吟醸から純米から普通酒から古酒から発泡清酒から火入れ、生詰め、生原酒・・・・・・と広いカテゴリーでお酒を集めた。
もっと日本酒に対する壁を低くして、全体的な底上げをしなければ一向に広まらない。
こだわりを持ちすぎている居酒屋、酒販店は悪いとは言わない・・・が、こだわりを持ちすぎることが更にお酒を難しくして自分達で自分達の首を絞めてはいないか?そんな疑問から色んなスタイルに挑戦した。
売り方も一合ではなく色々呑めるように半合サイズの提供にし価格も半分。
必ずお客様にはチェイサーをお出しする。
色々と挑戦し定着し、店内には700アイテムの日本酒があるが1日に平均30升は空くようになり回転がよくなり品質管理も入念に行う。
店内のライトを全て紫外線カットのタイプに変え、開詮したお酒もアイテムによっては真空にし冷蔵庫の管理温度も全てお酒の個性別にわけた。
まだまだこれからが本番であるには間違いない。
もっと多くの人に日本酒を知ってもらいたい。
日本人に日本の文化の素晴らしさをわかってもらいたい。
世界中の人に自慢できる国でありたい。
私はこれからも愛する日本酒を武器に突き進みます。
仕事を終え、私は毎晩銘酒『宮の松』を呑む。
『優しく』『温かい』、癒しをくれる酒だから。
まるで胎内なのかもしれない。
日本人としての血が自然と日本酒を欲しているのだ。
今日も私は頑張ります。
仕事の後の癒しが待っているから。
NO.28 ひやおろし とみー
先日マイミクのLUNA夫妻が来てバーベキューをした。
それまではダイエットで断酒してたので酒がないと生きていけないわけでもない。
しかしイベント事に日本酒を選んでくるのは楽しみでしょうがない。
今回バーベキューに持って行ったのは
三重 八兵衛 静岡 海運のひやおろし
あてはあわびと伊勢海老の残酷焼き
あわびと伊勢海老を丸かぶりしたときの快感はなんとも言いようがない。
そして日本酒を流し込む。
帰ってからはバクライというホヤとコノワタの塩辛と丹波の黒豆で
竹泉の二夏越しと大山のひやおろしを飲む。
バクライを食べて日本酒を流し込む。
磯臭さが消えて最高だ。
これは日本酒にしかできないだろう。
私が選んだ日本酒は好評のうちに宴は終わった。
酒は新酒も捨てがたいがやっぱりひやおろしが最高だ。
夏の間寝かされて出てきたひやおろしは角が取れてまろやかになっている。
ワインは今でも昔ながらの製法で作られているが日本酒は年々進化している。
今の私たちは江戸時代の殿様でも飲めないような美味い酒を飲むことができる。
日本酒の可能性たるや未知数のものがある。
日本酒は世界一美味い酒だと思って飲んでいる。
日本文化の一つでもあると思っている。
これを世界中に広めるのが私の夢だ。
私は酒が無くては生きていけないことはない。
飲めない日が続いても苦にならないし、たぶん酒を飲むことが禁じられたイスラム社会でも生きて行ける。
だから、一般的に言われる「酒飲み」ではないのだろう。
そんな私がなぜ日本酒に魅せられ、その歴史まで深く掘り下げ調べるようになったか?・・・と訊かれたら、それはたぶん日本酒という液体ではなくて、日本酒を取り巻く文化に興味があるからと答えるんじゃないかな。
私は昔から古い町並みを歩くのが好きです。
城下町の情緒が残る町並みは特に好きです。
そうした町並みを歩いていると、軒先に杉玉をぶら下げた古い商家に出会うことがある。
中を覗くと、屋根裏まで吹き抜けになった大きな梁組みの土間や、のれんを掛けた奥の蔵への入口が見える。
酒びんの入ったプラスチックの箱が積み上げられ、フォークリフトの動く音が聞こえてきても、時代錯誤のミスマッチを感じない不思議な魅力―
時代劇に出てくる東映京都撮影所や日光江戸村などのオープンセットの町並みを歩いてもそれはありません。
本物の魅力というものは、その時代時代の積み重ねが切り株の年輪のごとく見えるところがあるから、歴史や重みを感じるのかもしれませんね。
日本酒の消費量が年々減ってきたのは、人口の減少や若者のアルコール離れ、食生活の変化、酒類の多品種化、嗜好の多様化などと、いろいろ理由づけをしていますが、一番大切なことを忘れているのではないでしょうか?
日本酒は、幅広い多用途性のある醸造酒。
これだけ素晴しいものを造りあげたのだから、分かりやすく説明し、世界の醸造酒のどれにも負けない高いポテンシャルを示せば良いのです。
日本酒には刺身とか和食とか言わないで、ブルーチーズとかカルパッチョとか、イタリアンでもフレンチでも、こんなに合うんだってことを示せばいいんです。
今の日本酒はもう昔の日本酒じゃないのです。
これまでの伝統や形式にこだわることなく、幅広い用途に対応できる醸造酒にまで発展させた、技術立国ニッポンの酒であることを誇ればいい。
それを全面に押し出して、世界のメジャーな醸造酒の中に入って切磋琢磨すれば、必ずワインにもビールにも負けない「SAKE」になるハズです。
日本酒は、すでにそれだけのポテンシャルを持った酒になっています。
ヘンな伝統だとか、のれんの古さだとか、どれだけ長いあいだ酒を造って来たかではなく、どれだけ良い酒造りにまい進して来たかが誇れるような業界であって欲しいのです。
世界が認める「SAKE」になれば、必ず日本の若い人たちも日本酒に目を向けてくれる。
それは今までにはない飲み方であり、料理との組み合わせであるかもしれませんが、それがこれからの日本酒の姿なんです。
いろいろと書いてまいりましたが、今の日本酒はけっして時代遅れの酒でも、古くさい酒でもありません。
むしろワインやビールに比べたら、はるかに「新しい酒」なのです。
そして、まだまだ未来に向けて進化していく余力を持った酒です。
日本酒は、世界中で飲まれるメジャーな酒になるポテンシャルを秘めた若き醸造酒であるのに、これを陳腐化させて日本の若い人たちから見向きもされない酒にしているのは、今の日本酒が持つイメージなのです。
これからは「ダレのための酒なのか?」を考えた、新たなマーチャンダイジングに挑戦する意欲を持つことです。
「日本酒は世界に誇れるニッポンの技術で醸した酒」このことを関係者みんなで考えていけば、必ず復活する日はやってくるハズです。
NO.26 日本人に生まれて ササ
日本人に生まれて、良かった、そう思いませんか?
自分は昔から食べること、美味しいものが大好きで、飲める年齢になってからは「美味しいお酒」ももちろん好きになり、今に至っております。
そして、自分の「美味しいお酒」の範疇は決して狭いものでは御座いませんが、何か一つだけを選べと言われれば、やはり日本酒です。
なぜ日本酒かと言われれば、その理由は簡単で、「世界で一番おいしい穀物の米と世界一の技術を通じて作られたお酒だから」。
まず材料。即ち、お米についてですが、お米は品種にかかわらず、茹でる・炊くだけで主食となる穀物でしょう。
世に穀物と呼ばれるものは米のほかに、大麦、小麦、豆、キビ、粟、高粱、玉蜀黍と色々とありますが、そんな、茹でる・炊くだけで美味しく戴ける穀物はそうはないでしょう。
例えば、小麦の場合、粉にして捏ねて、発酵させ、さらに焼かなければ食べられません。
そう考えれば、米が世の穀物の中でも美味しいものであるに決まっております。
そう考えますと、日本酒が穀物の中でも世界一の材料を使ったお酒なのだということは、(少し強引ながら)間違いのないことなのだろうと思われます。
次いで、技術。
こちらは、原料のお米に関する技術についてと、お米を日本酒に昇華させるための技術の二種類があると考えております。
まず、原料のお米に関する技術。
こちらは、弥生時代以降、営々と栽培の工夫が研究され、品種の改良も加えられてきたわけです。
そして、お米を日本酒に昇華させるための技術。
こちらは、お米を原料に昇華させる洗米や蒸しなどの加工技術、原料を日本酒へ進化させる麹造りや酒母造り、 醪造りといった生物学的な技術、そして、日本酒を一級品の酒へと仕上げるための熟成や火入れと言った技術・・・。
既に皆さん御存じの通りのことと思われますが、この技術の高さは世界的に見ても極めて高いものと思われます。
以上は、もちろん、自分がそもそも日本酒が好きであるため色眼鏡は入っているものの、一つ一つを考えるだけで感動を覚えるほど素晴らしいものと思われます。
そんなことを考えながら、そして、日本酒を自分の口に届くまでの多くの縁に感謝しながら、今日も自分は一献一献日本酒を戴いております。
いやぁ、日本人に生まれて、本当に良かった。
ねぇ、そう思いませんか??
NO.25 人生における酒の魅力 ヨシキック
1、今までの飲酒体験の中で、嬉しかった酒、元気を貰ったあの日の酒。
@仕事柄日本全国を旅して回る事が多かった時に振舞われる酒の席。
どの地方にもその風土と人間性が折り合って作り出される郷土料理と土地の酒。
和の心がどの地方にも根付いていると肌で感じられる時ですね。
特に脳裏に残っているものは加賀の酒と料理との一献。
日本文化の素晴らしさが凝縮していると実感できた時でした。
マグロの角造りや季節のお造りなどと加賀の冷酒の組み合わせに感動しました。
これに限らず色々な風土の特色を探し出して行きたいと改めて考えさせられた時でしょう。
2、数ある娯楽の中で、酒でしか表現できなかった酒の魅力。
@やはり美酒に集い、それをテーマにして気の許せる仲間達ととことん語らう・・・。
もちろん初対面の人でも通じ合える何かを切り開いてくれる。
そんな強い絆を編み出してくれる酒にただただ感謝です。
3、今の自分につながる酒の素晴しさ
@若い時分は酒の味もわからず酒豪気取りで無茶酒を繰り返していたものです。
今となってやっと酒の味たるものが理解出来てきた頃だと感じます。
酒の生まれる風土や作り手の方々に醸し出される美酒と称されるものに対して失礼の無いよう、その味を残るところ無く味わいつくすために体調を管理するようになったこと。
死ぬまで美味しく酒を味わいたいと思わせてくれたところだと思います。
酒仙と呼ばれる大先輩は実際数多く存在します。
ただ酒を飲むだけの会話に留まらず、人生の指針を与えてくれるような方を改めて「酒仙」とよばせていただきたいと思います。
NO.24日本酒と刀の共通点 直居戦太郎
私は時代劇が好きなので、TVドラマでもよく見るのですが、妙な癖で劇中における俳優のちょっとしたしぐさや演技、顔の表情に、ついつい厳しい目がいってしまうほうです。
例えば、刀を手に持ったり、腰に差して歩く時の格好、女性が刀を受け取る時のしぐさなど。
日本刀は、刃渡り70cm〜80cmの場合
850g〜1400g程度あると言われています。
小学生の頃、遊び友達の納屋に保管されていたホンモノの刀を手にしたことがあり、ずしりと重く、こんなものを振り回して、よく戦えるものだと思ったことがありました。
日本刀は、大人でもある程度の重量感があり、それを軽々と扱っている様子を見ると、そこにリアルさが感じられないのです。
(確かに、劇中で使われるのは「竹光」であり、軽いのは分かってはいるのですが、)
以前、NHK大河ドラマで、歌舞伎俳優の市川亀治郎さんが、武田信玄を演じて、鎧姿に、手に刀を持って、廊下を歩いてくるシーンがありましたが、いかにも重々しい足取りの歩き方をされていたので、思わずそのリアルな演技に見惚れたことがありました。
同じように、劇中でお酒を飲むシーンが出てまいりますが、ここでも、私のいじわるな厳しい目が、飲んでいる人の表情にいってしまうのです。
誰しもお酒を口に含むと、独特の刺激性で、一瞬顔の表情が硬くなるといいますか、引き締まるといいますか、顔面に変化が現れるものですが、演技力のある俳優ですと、ホンモノのお酒を口にした時のように、一瞬微妙な表情を作られます。
しかし、大抵の方の表情を見ていると、明らかに「水」を飲んでいる時の様相のようにしか見えず、飲む演技はしても、実際にお酒を口にした時の、微妙な顔の表情にまで演技をされる方は少ないように思うのです。
(劇中で使用されるのは、ほとんど水であることはよく分かってはいるのですが、)
(濁り酒などは、恐らく乳酸飲料などが使われているのでしょうね)
そういう意味で、お酒を飲む演技では、三船敏郎さんは抜群に上手かったように思います。
これも、リアルさを追求するにかけては、右に並ぶもの無しと言われた黒澤 明監督の指導で、ホンモノのお酒を三船さんに飲ませていたのではないかとさえ思っています。
ホンモノのお酒のせいか、はたまた三船さんのホンモノの演技によるものか、今では、うかがい知ることが出来ないのが残念でもあります。
お酒造りにも刀造りにも共通するのは、それに携わる人が、まず自身の身を美しく清め、全身全霊、精魂を打ち込めて、ひたすらにその作業に没頭されるところにあると思います。
出来上がった作品は、広く人々に愛され、賞賛され、末永く日本人の魂として受け継がれてゆくものであると確信しております。
最後に、私の日本酒との出会いについて、思い起こすのは、サラリーマンとなって、初めての忘年会でのこと、美味しい口当たりの良いお酒であったのか、ついつい飲みすぎて酩酊してしまい、粗相こそしませんでしたが、酔った勢いで饒舌気味になったことがあります。
後で、先輩がさらりと言ってくれた言葉が、以後忘れられないものになりました。
「お酒は飲むものであって、決してお酒に飲まれてはいけないよ」
NO.23 お酒と魂 悠々と
僕が日本酒の味を知ったのは大学に入ってすぐの頃、父が常飲していたお酒をいただいたのが始まりでした。
本醸造酒はのびやかな風味、仄かでやわらかな香りがしずかにしずかに、生まれ育った奥久慈のゆるやかな山々や、谷間の平地にざわめく青稲を思い起こさせるお酒でした。
一番好きだった純米吟醸は、まるで田舎の良家のお嬢さん。素朴でふわりやさしい良い香り、主張しすぎない、ふくらみのある落ち着ける口当たりで。そして、酔えば酔うほどに香りは深みを増し艶やかに、それは官能的ですらあるようなエロティックとしか言いようのない展開をする素晴らしいお酒なのでした。
大学での一人暮らし、都会勤めをしていたときにも、田舎から取り寄せては気の良い友人たちと酒盛りをしたり、一人味わい楽しんでいたのです。いたのですが、あるときから味の壊れたお酒が届くようになります。
ふくらみのない、雑味の強い酒に対して僕は、「悪くなっているに違いない」そう思ったのです。
あの素晴らしい酒を造る杜氏さんが、こんな酒を造るわけがないと僕は確信していましたから、あの素晴らしい酒を管理で駄目にするなんてとんでもないと。
蔵元へ「今回のお酒は駄目になっていましたよ」と親切心で伝えたところ「うちの酒が駄目になっているわけがないだろうが!」と、社長さんと喧嘩になりお酒も取り寄せができなくなりました。
それでも帰省の際に、地元の酒屋さんで買っては飲み、また駄目になっていると落胆するばかり。
一体どうしたんだろうかと3年以上悩んでいた折、あの素晴らしい杜氏さんは、その蔵元を4年も前に離れてしまっていたのだという噂を聞きました。
インターネットで調べてみれば、3年前から新酒品評会受賞ページに、別の蔵元と、杜氏さんの名前がぽつりぽつりと載っています。あぁ、と心が晴れたような気持ちになりました。
あの魂の篭ったお酒を造る杜氏さんは、やはり本物だったのだという安堵。またあの杜氏さんのお酒が飲めるのだと思うと、心が跳ねるようでした。
それと同時に、あの蔵元のお酒の、あのやさしいふくよかなお酒は、もう飲めないのだなと胸を締め付けられるような思いがします。
今、このとき飲んでいるお酒は次の年にはもう飲めないかもしれない。
そう思うと、美味しいお酒であればあるほど、グラスに注ぐ一杯一杯が愛おしく少し哀しく、自分の五感を信じて深く深くお酒を理解したいと思うのです。
お酒に篭められた魂を味わいたいと思うのです。
お酒に篭められた魂と、魂を篭める杜氏さんに深い敬愛の念を感じずにはいられないのです。
本当に美味しいものに宿る魂を感じたときには、どうか、その感覚を大切に心にしまっておけますように強く強く願うのです。
NO22 宵の月夜の 悠々と
酒は文化だという言葉をなにかの本で読んだことがあります 本当にそのとおりで お酒とは作られた土地の文化を色濃く写す鏡のようなものだと思うのです
日本酒を造った日本文化とはなんぞと 考えればそれは 四季のうつろいだと僕は答えます
月見は十五夜十三夜 それに限ったものではないと 僕は言います晴れた日の宵 外にでてみれば きれいなお月様が お顔を出しておられます
街灯もない宵闇の中見る月 星空 その中で飲むお酒川面に写る信号機の赤青 ヘッドライトに霞む星を見ながら 飲むお酒
桜吹雪も 熱帯夜も 稲穂のざわめきも 鈴虫の鳴き声も 高い空も 震えながら見る星空も お酒と共に味わえたなら そんなに素敵なことはありません
美味しいお酒は日本文化が香ります
月見の宵に 文化の香り 杯を重ねて 回る季節を愛でましょう
この国に生きていることを ほんとうにしあわせだと 感じる時間です
NO.21 日本酒をつなぐリンク こやなぎ名人
日本酒離れの傾向は、なんともさびしいことです。それと同時に、もう一つさびしいのは、まちの酒店が次第に消えていくこと。消費者はコンビニや、酒ディスカウント店を利用することが増え、まちの酒店は廃業に追い込まれるようになりました。
でも、酒店が消えていくこんな時代に、自ら望んで酒店を始めたSさんという知人がいます。Sさんは以前、地方の小さな蔵元に勤めていた人物です。でもその蔵元が、とうとう酒づくりが行き詰りました。そこには、日本酒離れという理由だけでなく、もう一つ、地元の酒店たちの姿勢にもあったようです。
酒店は、できるだけ売上を上げようと考えると、売場の目立つ場所には、どうしても売れそうな酒を並べます。つまりそれは、テレビでCMを流している有名な酒。でもその結果、地元の蔵元の酒は、目立たない場所に追いやられます。すると目立たないので、よけい売れなくなる、ということになり、良心的につくられた、おいしい蔵元の酒が、ついに酒づくりができない事態に追い込まれたのでした。
それが悔しかったSさんは、「じゃあ、私が酒屋になって、良心的な蔵元の酒を売ってみせる!」と決意して、6坪の店を始めたものです。そして彼は蔵元を数々訪問して回り、良心的な酒づくりをしていて、しかも日本酒党の心をつかむ、いい酒をつくっている蔵元に出会ったとき、「私が責任をもってあなたのお酒を売りますので、どうぞ預からせてください!」と熱意をもって話し、いくつもの蔵元の信頼を得たのでした。
こうして生まれた小さな酒店は、日本酒党の口コミで話題が広がっていき、遠方からもわざわざ訪れるファンが増えました。「あの店に行けば、必ずおいしい日本酒が買える!」ということが、日本酒党の心をつかんだものです。そしてホームページも、ブログも開いていないというのに、全国の日本酒ファンから、電話やファクスでの注文が、連日舞い込むという店になりました。
たしかに、日本酒党は、減っています。でも、日本酒を愛する人が消えてなくなることは、絶対にありません。ただ、日本酒の文化をしっかりまもるには、蔵元の努力と、酒を愛する消費者の支持と、そして両者を結ぶ良心的な酒店の存在が、必要でしょう。
そのような日本酒をつなぐリンクが、各地に生まれたら素晴らしいことでしょうね。というようなことを、Sさんのところで買った酒を味わいながら、あれこれと考えてみたものです。
NO.20
「やはり辛口ですか?」とよく訊ねられます。「いいえ、どちらかというと、甘口(旨口)のお酒が好きです。」と言うと、皆さん腑に落ちない顔をされます。私のように、日本酒に熱心な人間は、きっと辛口好きだと思われているようで、酒の好きな人=辛口好きと思いこんでおられる方が多いようです。
最近は、傾向が少し変わってきましたが、それでもまだまだ、(淡麗)辛口礼讃で、辛口の酒の好きな人が酒の通であるとか、それ以上に気になるのは、酒の甘口・辛口を酒の品質や旨さと結びつけ、辛口の酒が優れていると思い込んでいる人が多いことです。
私が経験するよくあるパターンとしては、「このお酒、甘口ですね?」と聞かれて、「いや飲み口はさわりないけど、喉越しは結構辛いですよ」とか「このお酒、辛口でしょう?」と聞かれて「いやそんなに辛くないですよ。結構甘みがあるけど酸味もあるので」等で、人によって、随分、甘い、辛いの感じ方は違うんだなと実感してきました。
日本酒の甘い、辛いとはどういうものなのでしょう。
日本酒の甘辛を判定する指標として、「日本酒度」があげられます。これは日本酒度のマイナスの数字が大きいほど甘く、プラスの数字が大きいほど辛いといわれていますが、実際には「酸度」に大きく影響されます。酸が多いと辛く感じ、少なければ甘く感じます。また、「この酒はコクがある」というように表現される、日本酒の旨み成分の影響や、香りによっても甘辛の感じ方は変わってくるように思います。
日本酒の繊細で複雑な味は、甘味、辛味、酸味、苦味、渋味といった成分に、香り、旨味が混然一体となって表れるものですから、日本酒の味は単に甘い、辛いだけで表現できるものではないと思います。
人によって甘辛の感じ方は違うと実感してきましたが、では、私の好きな甘口のお酒とはどういうものかといいますと、口に含んだときにフワッと広がるほのかな甘み(旨味)を感じるお酒で、こういうお酒を飲むと、ほっとするので、好きなのです。しかし、(日本酒度の高い)辛口のお酒が嫌いというわけでもありません。もろみを完全発酵させて、糖分を分解しつくした純米酒もろみの日本酒度は必然的にプラスになりますが、味が切れて重くなく、旨みを感じます。こういう(辛口の)純米酒は大好きです。その反面、味のない(旨みを感じない)ただ辛いだけの酒はおいしくないので、飲みたいと思いませんね。
要するに、単に甘口、辛口と区別するのではなく、甘くても辛くても、日本酒を飲んだ時に、その味の旨さと奥深さについて、あれこれ仲間と語れるお酒が贅沢ないいお酒なのかなと思います。
そして、課題として、日本酒の味の表現を、甘い辛いだけではなく、もっと、豊かな表現ができるように磨きをかけなくては…。難しいですけどね。楽しみながら。
NO.19 酒の詩歌句サイトと酒本ライブラリー 淀風庵
わが敬愛する酒友が、山頭火という酒の句をたくさん詠んでいる面白い俳人がいるよと、居酒屋で飲みながら教えてくれたのに興味をもって、『山頭火』(石寒太著)という文庫本の古本(150円)を買ったのが6年ほど前のことです。
それではということで、芭蕉や一茶はどんな酒句を詠っているのか、また良寛とか一休禅師やら若山牧水、吉井勇はどんな酒歌を詠んでいるのか、藤村や白秋は何か酒詩を作っていないか、川柳や狂歌も面白そうだし、そういえば演歌に酒は付きものだ、と次々本を買い求めたり、図書館で閲覧したりして酒の詩歌句を探索してゆくなかで、酒を詠んだ詩歌句のホームページを本格的に編纂しようと思い立ったのが5年前です。
世界に目を向ければ、酒仙の李白や白楽天、陶淵明の漢詩もあり、ギリシャ詩人にはじまりゲーテやボードレール、シェクスピアなどの欧州の酒讃歌もあり、さらに「ルバイヤート」などアラブにも酒詩があることが分かり、それらを掲載した詩歌集の古本を買い求めるとともにホームページも古今東西に及ぶ「酒の詩歌句集」としての体裁が整ってまいりました。
また、もっぱら酒の詩歌句を編纂した書も次々と見当たりました。『酒の詩歌十二ヶ月』(大木惇夫編)、『酒の詩集』(富士正晴)、『美酒佳肴の歳時記』(森下賢一)、『酒のみのうた』(長沼弘毅)、『中華飲酒詩選』(青木正児)、『讃酒詩話』(沓掛良彦)、『ワイン頌詩集』(村上文昭)、『牧水酒のうた』(沼津牧水会)、『アラブ飲酒詩選』、『日本の酒造り歌』(宮内仁)、『飲んべえの品格』(いとうやまね編)などの傑作です。
これらを古書店や古本市で発見したときの歓びはひとしお大きかったですが、そのうち酒の詩歌本に限定せず、大好きな日本酒を中心とする本や酒の特集を掲載した雑誌に興味が湧き、収集がさらに進展した結果、現在、蔵書は500冊を越えるに至っています。
うち、酒の詩歌句が一部掲載されている詩集、歌集、句集の類が100冊ほどで、他の420冊ほどが酒をテーマとした書で、これらの90%以上が古本で占められています。
これらの書を、以下のような19のジャンルに分類して「淀風庵・酒本蔵書一覧」と称するリストを作成しています。
1.酒と文化・歴史 2.酒論 3.酒造り 4.蔵元紀行 5.杜氏・蔵元物語 6.銘酒ガイド 7.酒場・酒宴文化 8.居酒屋探訪 9.酒の愉しみ方 10.利き酒 11.酒肴 12.酒器 13.酒と健康 14.酒の雑学 15.酒の事典 16.酒徒伝 17.酒の詩歌句 18.酒エッセイ・対談 19.酒・酒場小説&コミック
このうち、「酒エッセイ・対談」の書が80冊といちばん多く、『酔っぱらい読本』(吉行淳之介編全7巻)や『酒のかたみに』(たる出版全3巻)、『日本の名随筆シリーズの『酒』『酔』『酒場』、そして佐々木久子さんの著書などにみる数々のエッセイは、作家などの飲酒ぶりや酒への想いが綴られていて読みあきません。
「酒・酒場小説」では『酒道楽』(村井弦斎)、『禁酒宣言』(上林暁)、『居酒屋兆治』(山口瞳)、『酒仙』(南條竹則)、『蔵』(宮尾登美子)、『牡丹』(山本一力)、『センセイの鞄』(川上弘美)、『今夜、すべてのバーで』(中島らも)、『酒場のショートショート』(眉村卓ほか)、『酒の夜語り』(23作家)など愛酒家にとっては、わくわく、どきどき愉しいものばかりです。
本の紹介はキリがなくこの辺で収めますが、寝室と書斎と応接室を兼ねた私の狭い部屋では、書棚だけでは足らず畳の上や押入れにも酒本が積んであり、臭いも漂うので、家人からもう古本を買わないでくれとたびたび文句を言われています。
なのに、秋になってまた収集癖の虫が騒ぎ、大阪の天満宮や四天王寺の古本祭りへ、そして京都の八万遍古本まつりへと酒本行脚をしています。
秋深き百万遍の古書と酒(拙句)
古本市では「酒」とか「酔」という文字を追っかけて、2時間ほどスイスイと見て回りますが、慣れたもので、酒本があればサッと目に飛び込んでくるものです。ただ、幸いなことに?古本屋や古本市を漁っても、もうあまり収穫はありません。
ネットでも20数冊買っていますが、掘り出し物を目で確かめて買うのが一番の歓びです。
資金も無く、この歳で夢といってはなんですが、こじんまりした「酒本酒肆」「酒本カフェ」をいつか開店して、酒本を見たり、考えたりしながら美味い日本酒やドリンクを愉しんでもらえ、また酒本の内容を話題に語り合えるような場を提供することができれば、まさに酒仙境に通じますね。
これが実現できれば、家の本も片付いて家人もリビングとしてゆったり寛げることになりますが、今の借家の一室を国会図書館淀川分室?「酒本ライブラリー」としてオープンしてしまうことも考えられます。
私個人の蔵書として留めず、日本酒フアンの方々から酒関係の研究者や執筆者まで広く活用いただいたほうが有意義かと思うのです。そのときにはまた家人とひと騒動になることは間違いありませんが。
NO.18お酒は人の心を開く妙薬 レオ
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30代の姪夫婦は、二人揃って大の日本酒好き、気がついたら、かなりの量をぺろりと、二人で飲み明かしてしまうことも過去にあったそうで、その酒豪夫婦を、ある日、行きつけの店に招待することにした。 この店の料理の美味しさは何回も通って、分かってはいたが、お酒のほうはいつも生ビールを注文していたので、日本酒を味わう機会を逸していた。 日本酒のメニューを見せてもらって、日本各地の色々な地酒の銘柄がある中で、その店の名前を冠したものがあったので、尋ねてみると創業1886年の さる地酒のメーカーに頼んで、特別に造ってもらっているお酒であるとかで、まずは小手調べに、そのお酒を注文することにした。 最初、自分でもちょっと味わってみたところ、清涼感あり、口に馴染みやすい味であったので、姪夫婦にも尋ねてみると、美味しいとの答えが返ってきたので、思わず一安心。 次から次へと出てくる料理と、合間に味わう日本酒がぴったり合っていて、我々の席には、実に楽しいひと時が経過している。 饒舌な姪に比べて、その連れ合いのほうは、至って無口なほうで、自分のほうから積極的に話題を提供して、その場を盛り上げるようなタイプではないが、かと言ってその場の雰囲気を壊すようなこともなく、もの静かではあるが、時には微笑みながら、話題の中に溶け込んでいるようなので、こちらも助かっている。 その彼に、本人が興味をもっている歴史の話題をぶつけてみたところ、美味しいお酒の力で、脳にも心地よく効いたのか、それまで寡黙で沈黙していた口から、日頃本人が思っていた事柄がいろいろ飛び出してきたので、思わず周囲が彼のご高説を拝聴する形になった。 適度で程のよいお酒の酔いが、彼に心を開かせ、その口を滑らかにしているようで、改めて、お酒が妙薬の役割を果たしているように思えた。 杜氏が精魂込めて造った、珠玉のようなお酒だからこそ成せる技だと思う。今後とも、人を愉しませ、和やかな気分を作り出してくれる美味しい日本酒を、もっともっと世に送り出して欲しいと願う次第です。 その為には、我々自身も、事あるごとに、日本酒を嗜む機会を持つようにしないといけないのかも知れない。 |
NO.17 だだみの思い出 こやなぎ名人
仕事で全国各地を訪問していますが、最近はどこに行っても乾杯はビールで、その後は焼酎の水割りかお湯割り、という光景ばかり。
日本酒文化が消えていくのをさびしく思っていました。
そこで、旅先で、一人で夜の時間を過ごせるときは、地酒がありそうな居酒屋ののれんをくぐることにしています。
地方のお酒は、その土地でとれた野菜や魚とともに味わうのが、一番おいしいと思えるからです。
秋田県に行ったときのことです。
路地裏の居酒屋に、『だだみ』という品書きがありました。
「え、だだみ?何だろう?」 と思い、店主に聞いてみると、たらの白子とのことです。
冬場でしたので、秋田の地酒とともに味わいました。
ふわふわ、ぷりぷりの白子を口に入れて、それを地酒とともに胃の中に流してあげると、思わず「く〜〜っ!」という声が出ます。
まさにベストマッチ。
いい酒と食べ物は、相乗効果でおいしさがアップするのでしょう。
しかも体はぽかぽかと芯から温かくなってきました。
不思議だったのは、おいしくて、少々普段より余計に飲んだはずなのに、翌朝は、すっきりと目覚めたことです。
「日本酒は翌日に残るから」と言って焼酎にする人がいますが、本当にいい日本酒を、その土地の食べ物と一緒に楽しめば、悪酔いすることはなさそうだと、そこで感じたものです。
さらに不思議なのは、他の県で、秋田県の日本酒を飲みながら、たらの白子を食べても、秋田の小さな居酒屋で食べた「だだみ」ほどは、おいしいと思えないことです。
やはり、いい日本酒と食べ物は、ご当地まで行って味わうのが、一番おいしいのだろう、としみじみ感じております。
NO.16 地酒を求めてぶらり旅 風車
のんびりぶらり旅で、よくあっちこっち出かけますが、落ち着いた町中やのどかな田園風景の中で、不思議と眼に入ってくるのが、立派な店構えの地酒のお店や酒蔵です。
いつもながら、どのような名称のお酒が並んでいるのかを見るのを楽しみでお店に入るのですが、何故かお店の方から、余程お酒好きに見えるのか『よろしかったら、お酒造りの現場をご覧になられますか!』と声を掛けられ、こちらも別段急ぎ旅でもない時は、『えっ、宜しいですか?』と興味津々で応じてしまいます。
お店の方が、割と薄暗い広くて天井の高い作りの空間へ私を導いてくれ、お酒造りに用いる施設、各種道具、用具類が並んでいる所で、原料となるお米、麹、水、麹室、仕込み樽、搾り、壜詰め、出荷に至る一連の工程を慣れた口調で、手際よく、簡潔に、淡々と説明されるのが小気味良く耳に入ってきます。
お酒造りもいろいろと大変なんだぁと、ほとほと感心していると、タイミング良く、『こちらで造ったお酒です。是非試しに飲んでみてください』と、いつのまに入れたのか小カップに入ったお酒をすっと目の前に出されると、これもついつい『あっ、すいません、それでは遠慮なく』と言って手を出してしまいます。
まずは通のような格好付けして、小カップを鼻先に持ってきて香りを嗅いでから、最初ほんの一口そっと飲み、一旦口中で転がしながら、味、香りを楽しんでから喉に通します。
お店の人の痛いような視線を感じながら、残りの一口をぐいっと飲み干し、『あぁ、さっぱりして口当たりが良くて、なかなか飲み易いお酒ですね!!』と評価を申し上げると、お店の方の顔が一瞬ゆるみ、眼も柔らかくなり、そうでしょうと言いたげに賛同を求めるような表情になっています。
この表情を見せてもらった上では、何も買わずにお店を出る勇気は残念ながらありませんので、試飲の印象さえ良ければ、そこのお酒をついつい買い求めることになります。
と言うことで、まだ封も切らずに家の中で熟成させているお酒が何本かあります。
NO.15 我がGINJOとの出会い 松木津々二
生まれつきアルコールがダメなわけじゃない。
ただ、あまり飲まないタチでした。
宴会や外で飲む機会はあっても、家で飲むコトはほとんどなかった。
そんな自分は、若いころから日本酒をまったく口にすることがなかった。
学生のころ、先輩から無理やり飲まされた日本酒に、体質なのか翌日から全身の関節に痛みが走り、微熱に悩まされ、就職後は二度と口にすることのない酒の一つになった。
それが元で、私にとって縁遠い酒でもあった。
四十歳を過ぎ、東京で働いていたころに、女子社員たちに連れて行かされた日本酒専門の居酒屋。
「騙されたと思って飲んでみて!」と、半強制的に飲まされたのが純米吟醸。
あのイヤだった臭みも無い。
ほのかな香りとまろやかな味、そしてスッキリとした後味。
「これは本当に日本酒なのか?」と疑った。
これが私の最初のGINJOとの出会いだった。
少々飲みすぎたようだった。
翌日が心配だったが、不思議と関節の傷みも出ない。
それ以来、純米吟醸を自ら飲むようになった。
誰から聞いたか、「吟醸酒って秋田で生まれた酒なんだよ」って、長い間そう思い込んでいた。
この広島の地に住むようになっても・・・・・。
ある本に出会った。「吟醸酒を創った男」池田明子:著
ここから私の「吟醸酒のふる里」探しが始まった。
篠田次郎:著「吟醸酒誕生」「吟醸酒の来た道」も読んだ。
でも疑問だけが残った。
どれにも決定的に、どこがその誕生の地だと書いてはいない。
「吟醸仕込み」と呼ばれる軟水醸造法のことは解かった。
広島は安芸津の酒造家「三浦仙三郎」が、明治31年に発表した「改醸法実践録」がその始まりであることも・・・。
だが、高白精米技術のことが書かれたものがない。
この二つの繋がりが解明されないと、吟醸酒の誕生は語れない。
誰もこの疑問に触れていないのだ。
酒造りのことなどまったく素人の私が、ただ「焼きもの町」のように赤煉瓦の煙突が立ち並ぶ珍しい「酒の町」に住むことになったことで、その謎を解き明かすことになろうとは・・・・・。
なぜか戦後の日本酒業界は、近代の日本酒に関する技術発展の歴史を語りたがらない。
「伝統的手造り」のイメージを前面に押し出して、「のれん」の古さだけを誇りにする。
世界に誇るニッポンの醸造技術の高さによって生まれた、「世界のGINJO」にもなれるポテンシャルを秘めた「新しい醸造酒」であるのに・・・・・。
「吟醸酒のふる里」・・・・・
今そこには、吟醸酒造りの技術を磨く舞台になった、元「大蔵省醸造試験所」であった独立行政法人「酒類総合研究所」が建っています。
NO.14 主食と味覚と遺伝子の結果論 池田芳輝
我々日本人のほぼ九割方主食は「米」だと思われる。
その米を炊き上げ、その季節に応じた副菜で食する。
米が副菜の味で飾られて更なる味覚を醸し出す。
日本人であれば誰もがその幸福感に包まれていることであろう。
話は変わるが、私は酒と称されるもの全般が好きだが、特に日本酒の完成度と品質の高さには日々教えられるものがある。
正直な話、まだ酒のいろはも理解出来ていない若い輩の飲み方(かつては自分もそうだったのだが反省を繰り返し現在の境地に至る。)や知ったかぶりの薀蓄を語られるのが非常に不愉快である。
その当人も酒を愛している故の行動だと思うが、まだまだ甘い。
ただ銘柄を理解し、その味の傾向を語っている次元が甘い。
強いては大地を食らい、海を食らい自己を育んでいることを理解していない。
感謝の意識なくして本当の味など理解できないと私は判断する。
まずは米を美味しいと思い食する遺伝子を与えられたことに感謝。
酒の材料になる「米」を作ってくれた方に感謝。
その酒米を芸術レベルまで引き上げ醸し出して下さる杜氏の方々に感謝。
更にその酒の奥行きを無限に広げてくれる副菜たちを生んでくれる自然に感謝・・・。 と、感謝したら切が無い。
そして感謝の数が増えるほど味わいは想像をはるかに超える彼方まで広がっていく。
私の場合良い酒を買ったり、頂いたりした場合にまず何点か考えることがある。
1)どういうタイミングでその酒を飲むか?
2)どういった副菜を用意するか?
3)どういうシチュエーションでその酒を飲むか?(1人、気に入った仲間などなど)
そんな情景を思い浮かべるだけでも既にその酒の奥行きは一つ二つと広がっていると考える。
イメージがどんどん先行してしまうが、そんなことはかまわない。
どんどん先行させてあげれば良い。 イメージを膨らませながら副菜の準備をしていく。
旬の素材たちに心から感謝。 美味しい料理に仕上げることを素材に約束する。
酒にも衣装を着せなければならない。
器は非常に大事なものだと思う。
何故なら酒は心で飲むものだと思っているから。
副菜も然り。
きちんと表舞台に立たせてあげたい気持ちでいっぱいである。
「物を大事にしろ!」と昔から耳が痛いほど聞いてきたが、物とは用具や道具だけではなく、食物も物であると考えれば物に対するイメージ全般が理解できる。
物に対する愛情を深めた時、その物に通じる道の扉は全て開かれるに違いないと信じてやまない。
そしてそんな事を一人考えながら酒の席を創作することに心から喜びを感じる。
そうこうしてお膳の方の準備も一通り終わり、 主役の酒を飲む段階に入る。
ご先祖様→米を育む大地→米作りに携わる人→杜氏の方々・・・と順番に感謝する。
膳も作り、感謝の儀式も終えて さあ、とうとう一口目を流し込む時が来た。
器に注ぎ込んだ風情がまた良いものだ。
杯を傾け一気に喉に流し込んでみる。
期待している分だけ何と言うか体に染み込んで行くのが良くわかる。
何故なら口先だけでなく体全体がその酒を欲しているからだ。
戻り香が鼻先から抜けていく。
何で穀物がこのような芳香になれるのかと驚きながら 芳香の余韻に導かれ副菜たちに箸をつけていく。
一口食べては一口飲み・・・
つまみの旨みが酒の味わいを更に立体的に作り上げる。
一人酒ならば黙々とただ頷きながら飲み続けているだろう。
複数であればこの幸せに共感しながら会話も膨らんで行くであろう。
ここ数年世界的に日本の食文化の素晴らしさが理解され始めて来ていると思う。
ただ私からすればちょっとばかりひねくれた感情で
「ああ、君達だけには知られたくなかった・・・。」
と、意地の悪いことを言ってしまいそうだ。
NO.13 再会・未来へ 酒仙婆 神奈川に住む私と埼玉に住む友人Hさん、二人はお互い地元の酒蔵を応援しております。 衰退産業という人もいる酒造業界ですが、後を継ぐ若い力もしっかり育っているわけで、友人Hさんが応援しているお蔵の28歳の杜氏さん、彼は蔵の後継者ではなく アルバイトで酒蔵で働き、そのまま勉強し杜氏になって2年目の若者。 20BYの造りで彼は悩み、迷走したそうな、「勉強のためにも他のお蔵を訪問したい!」と。 私が応援するお蔵も31歳の杜氏と29歳の麹屋の兄弟を中心に造る小さなお蔵。 一昨年酒販店さんのご縁でお蔵を訪ねるようになり、兄弟の人柄、素晴らしいお酒に、すっかりファンになり応援しており、Hさんも去年お蔵を訪ねてファンになってます。 さっそく話を伝えたらなんと杜氏のA君と埼玉の杜氏Y君は滝野川の同期とか・・・、その時は特に親しくはならなかったらしいですが、見学は快く承諾してくれました。 当日、埼玉から友人Hさん引率で、杜氏のY君若い蔵人S君と、3人が神奈川にやって来ました。 門の前で出迎えてくれたA君、いわば数年の時を経た再会!! 造りも終わり片付けられた蔵内ですが、アレコレと引っ張り出してきては説明するA君、いつになく熱心で楽しそうです・・・ 懇親会にとお店を予約してあったので移動して、お互いのお酒を飲みつつ美味しいお料理も頂き、 次回の再会を約束して埼玉組は帰路につきました。 10分後には杜氏Y君よりお礼のメールが!!、嬉しさいっぱいが伝わる文面、たいそう有意義であったようです。 先達の皆様が造って守ってきた伝統は今も受け継がれているのです。 若者達は手を取り合ってお互い切磋琢磨し高めあい、協力し合い、 守っていってくれることでしょう。 |
NO.12 薔薇色の酒 井上休甫
誰が名付けた薔薇色の酒ー、この酒は弊店のお客様と造り手である私のコラボレーションで生まれました。
二千年のはるか昔に、吉野ヶ里で米が作られていたころ、『人性酒ヲ嗜ム』と魏志倭人伝に記された酒の味や香りを思い浮かべながら醸すこと四年ー、毎年、微妙に変化する味や香りですが、今年の酒はナチュラルなカラー、そのクリアーなパープルには、時空・遙か二千年を彷彿とさせるものを感じます。
古代米や紅こうじの健康効果をコンセプトに、商品開発をいたしましたが、この酒に関心を抱かれた方がオリジナルラベルの原稿原画を書いてくださいました。
私は送られてきた原画を見るや否や、その方の美的感覚や表現力に非凡なものを感じました。
今までは、オリジナルラベルの依頼には私が原稿を書いて、製版、印刷をして参りました。
ところが、私の稚拙な技術では原画の良さを充分に表現することは出来ないと考え、専門の美術印刷会社に依頼しました。
こうして、薔薇色の酒は出来上がり、特別企画セールを致しましたところ、多くの方からご注文をいただきました。
先にお届けした人から感想なども寄せられ、その中にとても心にのこるコメントがありました。
美味しい酒を楽しく飲んで、健康に暮らす幸せを『酒仙境』に例えて酒を造り、そして、販売を致しておりますが、酒業界にとって今日ほど厳しい環境はありません。
そうした折にいただいた次のコメントは、杜氏冥利に尽きるものとして文章にして残さずにはおれません。
『本日受け取りました。ありがとうございました。
早速いただきました。バラ色が本当に綺麗で、おいしくいただきました。義理の兄が今月定年退職を迎えるので、この時代、定年というのはなかなか厳しいですが、第二の人生がばら色になりますようにと願ってこのお酒を贈りたいと思っています。
きっと喜んでくれると思います。素敵なお酒をありがとうございました。』
『一生を洗い流してくれるのはただ酒だけだ…』(唐・韓愈)
『得意の時には高らかに歌い、失意の時にはそれを止めよう』(唐・羅陰)
と謳った先人たちの酒仙境!。
単純で明快な人生に華やかな色彩を放つ薔薇色の酒をこれからも一生懸命造ります。
そして、このたび何よりも嬉しかったのは、義兄様の退職後の人生がばら色になりますようにと願う、あなたの心遣いです。
NO.11 呉市・千福/蒲刈島・西條鶴/岡山・酒一筋 向川 敏
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<まず、千福に出会う> <西條鶴> <岡山> |
NO.10 とっておきの場所 松尾守蔵
季節ごとに酒を楽しめるとっておきの場所がある。
竜門ダムの堰の下、浄水場のそば、ダムからの流れが小川になっているところだ。
小さく蛇行する流れには、樹木が覆いかぶさるように繁っていて、静かに飲みたいときには格好の場所なのだ。
飲むのはもちろんのこと、井上杜氏が我が蔵で丹精込めて醸した酒である。
春、3月下旬、桜をめでる。桜の木を見上げながら飲む新酒は、生命の息吹を感じさせる。
ときどき花びらが舞って、有田焼の器の中にも花が咲く。
秋、紅葉の季節には鮮やかな色彩と春に搾って円熟のときを迎えた酒をじっくりと楽しむ。
赤く染まった頬に吹く風も心地良い。
しかし、私自身最も好きなのは、夏の初めだ。
五月下旬から六月上旬の限られた二週間ほど。
蛍の季節である。
少し蒸し暑く、くもりの日が良い。
川に覆いかぶさった木の下、流れの中途のちいさな堰に腰をおろす。
見上げると木全体に蛍が群がり、クリスマスツリーもかくやといった様子である。
川面にはそれがそのまま映っていて、一斉に点滅するさまは息を呑むほどに美しい。
ときどき手に持った器に蛍がやってくる。
蛍の明滅の中、酒を少しだけ口に含む。いきなり飲み込んだりはしない。
口中に広がる香り、上品な甘さ、やわらかな酸味、気品のある旨みをゆっくりと感じる。
のどを通すと、心地よい刺激がすうっと通り抜ける。
友と語らいながら、時には一人で静かに、杯を重ねる。至福、まさに至福の一時である。
ここ数年、忙しさのあまり行きそびれた。
きっと来年はと、もう今から誓っている。
NO.9 私の好きな酒 大嶋仁(比較文学者)
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私は酒に弱く、すこし口にするだけで顔中が真っ赤になり、心臓がどきどきする。 そういう私でも、呑めるというか呑んで心地よくなるものがないわけではない。 果実酒のような芳香、一瞬甘く感じられてさらりと消える。 「雨後の青山」といえば、私が大好きな中国映画「山の郵便配達」が思い出される。 |
NO.8 平成吟醸会の思い出 淀風庵
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平成元年から六年の間にわたり、当時、東京の赤坂にあった国際広告会社において、酒を愛好する企画部員で吟醸会を催していました。 |
NO.7 山の貧乏仙人の手紙 草舎人
秋深し、渓流を覆うブナ、コナラの樹の黄葉が風に舞い、流れの上に降り落ちます。私の一番好きなシーズンです。
漢詩に「紅葉を炊いて酒を温たむ」というのがあったと記憶しますが、山登りが好きだった私は単独行の山登りの途中、こうした景色の中で一人、酒を暖めて飲んだ思い出があります。
大学の頃から結構風流人でした。
今、私は山に篭って仙人生活をしながら原始仏教の本ばかり読んでいます。
仙人というと天狗のような超能力者と思われがちですが、なに「仙」の字は人偏に山と書くように、山暮らしをしている凡人と理解ください。特に酒好きな凡人です。
原始仏教というのは、釈迦が生前に弟子、信者たちに語った本物の説法をいうもので、現在中国、日本などに伝わる仏教とは大きく異なるものです。
私が原始仏教に興味を持ったのは、生涯の研究テーマと決めた「老子」を勉強するうちに、同じ時代のインドの「釈迦」の仏教と非常に共通するものを感じ、それを調べ始めたからです。
そこで知ったのが、今の私たちが仏教の経典と呼んでいるものは、釈迦の死後六百年ほどあとの紀元二世紀から三世紀にかけて起きた大乗仏教運動により、新しく創作的にかかれたもので、多くのものが釈迦の意思を反映しない、あるいは反する「経」であることです。
しかし大乗仏教とて本旨は釈迦の思想を汲む仏教には違いありません。
ただ自力本願主義で他力本願を認めない釈迦にたいし、大乗仏教では祈れば全ての願いがかなうという現世ご利益主義を
うたい、また釈迦は彼岸、涅槃の地に行くのに信者に厳しい修行を課すのに対し、大乗仏教では修行不要で念仏を唱えさえ
すれば誰でも極楽に行けると約束します。
つまり大乗仏教は信者を増やすためになりふり構わず、商業的宣伝を盛り込んだのです。
これは当時、新しく勃興してきたヒンズー教、イスラム教に対抗するため、やむをえないことでした。
なんだか宗教も世知辛い話になってしまいましたが、こうした哲学の憂さを晴らすのは酒が一番です。
釈迦は五戒に飲酒を入れましたが、同じ頃起きた仏教に良く似たジャイナ教は飲酒を禁じていません。
酒を飲むときはジャイナ教に改宗です。
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NO.6 酒とうつわ からつ焼 炎群・碇 宏八郎 以前、酒は名脇役ということを書いたので、今回は酒が主役の話。 |
NO、5:君の瞳に乾杯! 碇 宏八郎
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映画「カサブランカ」は、いつまでも記憶に残るハリウッドの名作である。むろんそれは、往年の名優、イングリッド・バーグマンとハンフリー・ボガードを抜きにしては語れないが、実はもう一つ忘れてならないのが脇役の存在だ。とは言ってもそれは俳優ではない。そう、酒である。そもそもボガード演じる主人公は酒場のオーナーだ。 |
NO.4 米雑感 碇 宏八郎
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くんちでお酒をご馳走になったお礼にと、知人が手づくりの米を届けてくれた。紙袋には「無農薬、無肥料、架け干し」と記され、夫妻の名が添えられている。さっそく炊きたてをいただいた。ふくいくとした味は本もので、つくり手の人柄がしのばれた。酒は、肥前杜氏の友人が、西有田産の山田錦と竜門の清水で醸造したものである。そのたとえようもない芳醇な香りにくらべうる洋酒など、そうざらにはあるまいことは、下戸の私にもよくわかる。 |
NO.3 あぁ愛しき日本酒よ! 川崎 あつみ
| それは、いつだったのだろうか。私が初めて日本酒に出会ったのは、確か社会人になって初めて宴会に参加した時ではなかろうか。以来30年以上、毎日飲んでいます。 私はお酒が大好きと云っても俗にいう飲んべえではなく、食物としてお酒を飲むのです。仕事を終えて飲む日本酒の何と旨いこと。(おっと、私は女です。)その為に毎日、せっせと酒の良き相棒"つまみ"を作り続けてきた。これが又楽しい。下手な料理でも酒相手となると美味しくなるものである。 酒は気持ちを和ませてくれるし、人との会話も弾ませてくれる。それに、少しの酒なら体にも良いということで酒なしの人生は考えられなかった。 50数年生きているといろんなことがあり、いつもお酒がついてまわった。楽しい、嬉しい、悲しい、悔しい...。前者のそれがよけい美味しかったかな。とここまではよかったが、おっと、飲めない状況におかれた。3年前に"大腸ガン"に倒れて手術後、あまり飲めなくなったのだ。「あまり」だから「全然」より救われた。(アハハのハ。)幸い今のところ転移もなさそうで、少しの日本酒をチビリチビリとやっている。ああよかった。 若い時から、お酒が一滴も飲めなくなる時は、死ぬ時だと思ってきたので、ガンになっても、少しでも飲める幸せを感じている。 さて、お酒のことで一言。私の最愛の母が生前言いました。「あなたのお酒の飲み方は最高ね」と。少しの酒を、さも美味しそうに、幸せそうに飲んでいる私を見て言ったのでしょう。そう言われた時は嬉しかった。忙しくなって、そのことばを思い出すと涙が出て止まらなかった。 ありがとうお母さん... お母さんもう一度会いたいよー。 |
NO.2 こどもの夢はわたしの夢 井上 休甫
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人間は、誰にでも他人に云えない悩みを、ひとつやふたつは持って暮らしているのだと、聞いた事がある。しかし、その逆もあるのです。 |
NO.1 松蔭 中島 美雪
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この秋、柳川に十名程の同級生を迎えた。出会いから、すでに半世紀にもなろうとしている。今では毎年集うことが恒例になったが、参加者は二十名に満たない少人数になってしまった。 |
| ・飲酒は二十歳になってから。 ・お酒はおいしく適量に。 ・飲酒運転は絶対にやめましょう。 ・妊娠中や授乳期の飲酒は、胎児・乳児の発育に 影響する恐れがありますので、気をつけましょう。 |
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